This so adorable...

日々起きること。

なんでもない、普通の研修だったのに。

躁と鬱は、病気の人でなくても、似た形の感情の浮き沈みはあるのだろう。

今の私がきっとそうだ。

こうやって、立て続けにブログを更新するなんて、何かどこかがいつもより活発なのだろう。

実のところ、ブログの下書きはたくさんある。

投稿している記事の、倍はある。

 

それだけ、私の思いは普段はまとまりにくい。

 

 

 

 

 

 

最近は研修に参加するのが仕事のようなもので。

専門分野ではなく倫理的な話を90分聞くとなると、とても新鮮です。

 

 

その研修で、

 

 

「チラシをみて、気づいたことを言ってみて」

 

 

と講師が言いました。

そのチラシは何かというと、

まちづくりのヒントとなる教材で、住みやすい街を作るために建築や道路、また人権に関する絵が描かれていました。

例えば高い段差、身障者マーク、虐待、詐欺など、街の中で問題になりそうなテーマが数百個、可愛いイラストで描かれています。

 

この研修の受講者は200人の私と同年齢の男女。

強制的に、この年齢になると受けなければならない研修です。

 

 

講師に発言を当てられた人は、気づいた絵のイラスト部分の説明と、何が問題で、どう改善したいかを言います。

ただ、一見イラストの中心にありながら、誰も触れない絵が。。。

 

 

講師が、

「誰も触れないけど、」

と前置きをした上で、その目立つ絵をさしました。

その絵は女性同士、男性同士の結婚式の絵です。

 

 

 

LGBT、聞いたことがありますか?」

 

その問いに、なぜか会場がその日一番の静まりをみせました。

と同時に、私は、この静まりに緊張しました。

 

 

「エル、レズ。ジー、ゲイ。」

 

 

講師が説明をはじめた。

レズ、、、笑

 

ビアンをつけないのかい!って、心の中で突っ込む私。

LGBTとは関係無縁のような研修で、まさかのLGBTの話。

降って沸いた話に、私の心は動揺していました。

動いてはだめだ、じっとして、この場に馴染まなければ。

私は手に汗を握っていました。

 

 

講師は、ずっと話していました。

 

「僕が思うに、LGBTの人たちが抱えている大きな問題はカミングアウトだと思う。けど、この数年様々な政治的な動きがあり、認知が広がった。これからは彼らを受け入れる風土を作っていかなければならない。「私には関係ない」、もちろん世の中にはそう言う人もいます。だけど、じゃぁあなたの職場には絶対にこういう人はこないのですか?絶対にこないなんて、言い切れませんよね?もし来た時に対応が不適切で、知りませんでしたって言えますか?言えませんよ。そんな職場や町の信用を失う行為は許されません」

 

 

なるほど、世の中の、しかも分野違いの世界ではこう説明をするのかと、ちょっと聞き入ってしまいました。

 

 

「もし、家族や親しい友人がLGBTだったら?LGBTという人がいることは自然なことだと、みんなで知っておきたいね」

 

 

 

講師の彼は一般の人だと思います が、

こう、考えて、堂々と発言できる人がいたことが、私は当事者としてとても嬉しかったです。

素直に感動しました。 

欲を言えば

 

「この受講生の中にも、LGBTの人がいるかもしれない」

 

そう言ってもらいたかったと、私は思いました。

もちろん言われると、矢面に立って嫌な人が出ることを懸念したんだろうけど、

でも私は聴取にとって、ぐっと身近な話題になるから、良いのでは?とも思ったり。

 

そのように私が思ったのは、この時の私がちょっとした安心を感じたからだと思う。

彼になら、言われても大丈夫だという安心感を。

 

 

 

LGBTだとカミングアウトするのが平気な人や、私みたいに公衆の面前で聞くだけでドキドキする人間もいる。

どちらがいいのか、楽なのか、わからないけれども、

私は、ドキドキする人間でいたいと思う。

それは、やっぱり痛みがわかるからかな。

 

 

 

 

平気だよ、慣れてしまった、もちろんそんな人はそれでいいと思う。

でも私は、今はまだドキドキおびえていたいし、隠れていたいかな。

 

 

 

 

ワクワク感。

海外に住む人のブログに、現地語の語学学校に行くことになった記事が書かれていた。

 

本人は不安でいっぱいみたいだったけど、

私はその記事を見て、見たことのない世界にワクワクした。

 

 

不安と、ワクワクの違いは何なのだろう。

同じ、感情、なのに、

まるで対極の味がする。

 

 

最近、私は自分にワクワクしているのか?

 

家で食べるご飯の味。

家でご飯を食べるのが辛い、そう感じ始めたのは一体いつごろからだろうか。

 

大概の人は家でご飯を食べることは、落ち着きだと思います。

だけれども私にとって、実家でご飯を食べるのことは、別。

落ち着きではなくて、何かしら焦りや不安や、居心地の悪ささえ感じているのが、今の食事なのです。

 

目の前に家族がいると、ものすごく早く食事をして、一刻も早くその場から立ち去りたくなる。

あの日の食事もそうだった。

 

私にはいくつか好きな食べ物があって、

中でも簡単に作ることができる冷凍うどんは好きな食べ物。

数か月に1度、帰りがとても遅くなった時にはその冷凍うどんを作って、ゆっくり食べるのが好きなのだ。

楽しみで、作る段階から少し顔がにやけてしまうし、

ねぎを切っているときなんて、鼻歌を歌っていたくらいご機嫌だった。

けれども、食べているときにその日は母親が目の前にいて、従妹の結婚式の話をしてきたのだ。

 

私は正直、興味がない。

誰と結婚しようが、幸せな人生を送ってほしい。

そして従妹であろうが、他人であろうが、職場の人であろうが、誰がいつどこの方と結婚しようが、さほど興味がない。

全ての人に、幸せに過ごしてもらいたい。

 

だから、母がする世間話的な内容は興味がない。

 

だから黙っていると、また私に結婚しろと話を出してきた。

いい人を見つけろと。

 

そういわれて、私は、

「前も言ったでしょ?」

とカミングアウトの話を再度持ってきた。

 

あーだ、こーだ、母と言っている間に、

大好きな冷凍うどんの味は、まるっきりわからなくなった。

駆け込むように、食べて。

もぐもぐしながら、話がひと段落つくのを待つ。

逃げるのは、良くないと思ったから。

 

ひと段落ついて、自分の部屋にもだった時には、

口の奥に、なんだか胃酸がたまっているような、ちょっと酸っぱい味がして、

お腹も張っているようだったし、何より、胸も、いっぱいで、気分が悪かった。 

 

 

 

もちろん、全て自分が選んで、歩んできた人生なのだけれども、

なぜこんなことになってしまったのだろうと、時々悲観的に思う。

こう、落ち着く時がない感じが、残念で、無力感。

そのことを食事のたびに考えるからか、

最近家で食べるご飯の味は、胃酸の味なのです。

誰が、目の前にいても。

 

家では一人で食べる食事が、一番落ち着きます。

 

 

ぽにょさんと食事をしているときは、とっても幸せなのです。

二人でニコニコしながら食べていて、本当は実家でもそういう食べ方ができるのではないのかと思うのですが、

私の心が、それはできないようなのです。

 

一体、私はここでどう家族に接していけばいいのだろう。

 

 

結構致命的な悩みだと自分では思っていたりします。

次に見える世界は。

私がぽにょさんの作品を自分の部屋に飾ったのは、2016年のことだった。

 

ぽにょさんの作品は元来飾るものなんだけど、

日本の普通の家庭ではあまりこういう品を部屋に飾る習慣がなくて、

だってサイズも縦横ともに50cm以上するし。

 

部屋の中に相当なスペースがないと飾れない。

まして、その作品の系統からして、なかなか和の家庭には飾らない。

飾らないと私も思うからか、日本ではコアな人でないと見向きもされない。

だけどそれが海外に行くと違って、やはり飾る習慣があるし、その趣向に主流があるから見られ方も違っていた。

 

そのことを私も知っていたから、

じゃぁ試しに自分の部屋に飾ってみて、海外の人たちの感覚を体感してみることにしたのが去年の話。

何もなかった部屋のある場所に、

 

ぽん

 

とそれを置いた。

部屋が、ザワっとした。

色は馴染んでいるけど、部屋に今までなかったエッセンスが入った。

何か、作品ももぞもぞ居場所を探している気がしたし、

部屋も驚いた気配がした。

 

その作品がある部屋を見た家族は誰もがサイズ感と内容に驚いていたし、

私も部屋に入るたびに視線を奪われていたけど、

1年経ったら、もぉすっかり作品は部屋の一部となって、

置いていることが普通になった。

作品も静かにその場所で眠っているのかじっとしている。

 

 

....。

 

いま見つめて見たけど、本当馴染んでる気がする。

 

 

 

 

今回、ぽにょさんの作品が雑誌に載ることとなった。

私はその雑誌の中を見たことがない。

だけど雑誌の名前だけは知っていて、

とあるデザイン事務所の専門書籍スペースに並んでいた1冊だった。

背表紙が近年のファッション誌を想像させるデザインで、

その雑誌の数々が後ろのデスクにも誰ががさっきまで見ていたのだろう、

無造作に数冊置かれていたのを見た。

 

私はその雑誌を最後まで手に取らなかった。

理由は縁がないと思ったから。

そういうハイセンス的な雰囲気とぽにょさんは縁がないと思ったからだ。

 

だからその雑誌への掲載の話が来たとぽにょさんに聞いた時には驚いた。

掲載構成の見本を見ても、雑誌の表紙のデザインとは、かなりイメージが違う 笑

中身を見たことの無い私は大丈夫かなぁとも気にするのだが、

向こうが大丈夫ならいいのかな。

こちらとしては、夢のような話で本当にありがたいことです。

本の雑誌には、初めて載るのだから。

 

 

雑誌に載るに当たって、私には少し不安がある。

 

 

 

さて、これから劇的な変化が私達の人生に起こるのだろうか。

 

 

 

劇的な、とは、

ぽにょさんがえらく評価されて有名になったり、また反してめっちゃ叩かれて批判されたりってこと。

今は平穏にこっそりコツコツ活動してきてるけど、

急にスポットライトが当たるのかとか。

またそれが、結果的に何が良くて、何が悪いのかがわからないからまた問題で、

何も起こらなければ、それはそれで不安な私もいる。

どうしたら、次の世界に行けるのか考えなきゃいけないから。

 

 

 

今私は、見えない未来に不安を感じている。

もちろんワクワクもしてる😊

だって話が来たときは手を叩いて喜んだし、本当に光栄だと思った。

だけど。

だけど今までみたいに特定の世界で湧く話ではなく、

今回は範囲が広く、まして構成から期間がある程度あると、

いろいろと考えてしまう。

色ができ、文章ができ。

調整を重ねて、いよいよ、その時がこようとしている。

 

 

 

 

次に見える世界は、あるのだろうか。

何が見えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風邪を引いたので、布団の中からこんばんは。

2年ぶりに大風邪を引きました。

 

日曜日。

寒かったし、深夜までかかったけど、

何とかお仕事を乗り切った思いでした。

だけど火曜の朝喉が痛くて、職場でティッシュを2箱使い、飲み物を500ml×6本飲んで、

フラフラ帰ると夜には熱が出て、今日は布団の中で一日丸くなってました😞

 

 

でも、今日は休んで正解だった気がします。

 

一瞬の書き味を楽しむのもいいし、広がることを想像するのも楽しいよ。

初めて選挙事務をしたとき、選挙立会人のおじさんが、

自分の投票用紙を折っては、20センチくらい持ち上げて、机の上にポテッと落とす。

もう一度、20センチくらい持ち上げて、机の上にポテッと落とす、

という行動を繰り返していた。

 

不思議に思った私は、何をしてるんですか?とお聞きしたら、

 

お:「Feelさん知ってる?投票用紙はね、折っても勝手に開くんだよ(^^)」

 

という。

え!?

と驚きつつも、おじさんがもう一度、20センチくらい持ち上げて、机の上にポテッと落とすのを見ていると、

 

 

す~・・・パカッ

 

 

開いたーーーー!!!

F:「すごーい!!」

 

と、周りに人が驚くほど、ただ紙が開いただけなのに驚いた私でした。

これは投票箱の中で投票用紙が勝手に開くことによって、開票事務が楽になる仕組みになっています。

1枚1枚、手作業で開く必要がないですよね。

 

投票用紙には、若干のプラスチック物質が入っているそうで、そのために反発が生まれ勝手に開きます。

また、鉛筆が投票用紙に触れたときの書き味の良さも、プラスチック効果のおかげ。

投票用紙は、1枚ずつ機械で発券する投票所もあれば、田舎では1枚1枚手渡しで渡す会場もあります。

束になった投票用紙を枚数を数えるために扇形に広げると、

普通の紙では味わえない滑らかでスムーズ、だけど摩擦が適度にある、なんとも不思議な感覚を味わえるんですよね。

 

あと、私は投票用紙に鉛筆が触れる、あの芯の一部を紙の上にそっと置いてくるような、優しい書き味が大好きです。

選挙といえば、私はこの一瞬の書き味を楽しむのが、ほんと最大の楽しみで楽しみで。

もちろん、世の中の言う「清き一票」「国民の義務」「政治参加」などを意識していないわけではありませんが、

自分が立候補しているわけではないので、関心が薄いのも事実。

 

でも、投票自体ができない国や、同じ国であろうとも体力的な問題で投票所に行くことができない人もいるわけで。

だから、投票所に行って、一瞬の書き味を楽しんだ後、従事している職員と、立会人の目線を感じながら、ちょっとドキドキしながら投票箱に投函して、

そして中身の見えない投票箱の中で、投票用紙が勝手に開いていく様子を想像する一連の流れ自体が、

私にとっては素晴らしい経験だと思っています。

 

自分が選んだ候補者が選ばれようが、選ばれまいが。

そこに意味を置かない人がいてもいいと、私は思っています。

 

 

今回の選挙は最高裁の国民審査もあるので、なんとあの書き味が3回味わえます♪

もしあの書き味を味わっておられない方がおられたら、話のネタに、味わいに行ってみたらいかがでしょうか(^^)

 

 

18歳の子に好かれたかもしれない話

いつもの職場の朝礼前は、思苦しい空気感と、節電のために電気がついていないことも相まって、暗い雰囲気なのだけれども。

 

この日は、「18歳なんだぁ!可愛いね!」という職場の女子たちの黄色い歓声が廊下まで響いていた。

課に行くと薄暗い中、一部人だかりができていた。どうやら、臨時で18歳の女の子が新しく課に配属になったらしい。

 

私の職場には、席の島が3つあって、それをA島、B島、C島とすると、私はB島。

18歳はA島。私と18歳は島が違うのです。

席について、ひとしきりデスクの準備をしながら、黄色い歓声を聞いていた。

私が18歳の頃は、こんな職場で働こうなんて考えたこともなかったけれども、今どきの子は変わってるなぁ。
容姿も気にはなったけれども、

わざわざ振り返ってあの人だかりに混ざって話をするのも、なんかなぁ~なんて思っていると、朝礼が始まった。

 

そしてその朝礼の最後に、課長が18歳を紹介するために、前に呼んだ。すると、18歳が私のすぐ横に来た。

顔を見ると、思わずお互い目が合った。

色が白く、小柄で、髪の毛がさらさら、大人びたまなざしに、雑な立ち方。
その目が合ったタイミングが、課長が18歳にちょうど挨拶を促したタイミングで、18歳は私と目が合って驚いたのか、挨拶のタイミングに詰まってしまった。
そして私から目をそらせると、勢いよく、

18:「お願いします!」

と言った。よろしく、もなく。お辞儀もせず、向こうの壁を見つめて。
可愛い顔をしているけれども、その雑加減が少し面白かった。A島は若い子を持って大変だな。

 

 

なんて思っていた5時間後、

18:「あのぉ」

そう声をかけられて、振り返ると18歳が私に声をかけてきた。
18:「これ、どうしたらいいのでしょうか」
18歳の持つ紙を見ると、人事関係の書類。

F:「あ、こういう事務所類はね、こっちの島でなくてA島で処理してるんだよ。でね、Oさんに聞けばすぐにわかるから。Oさーん」

と18歳の席のすぐ隣の人のとこに連れて行って(もどって)、

F:「はい、言ってごらん」

ともう一度言わせてみた。

 

そしてその数分後、
18:「あのぉ」

F:「ん?」

18:「この書類は誰にですか?」

見ると、窓口で受け取ったらしき書類。
F:「これはね、Wさん。これはUさん。席はね・・・一緒に行こうか」
と一緒に書類を配布し、
F:「これあげるから。業務名と担当者が書いてあるからね、窓口で受け取った書類の一番上には普通は業務のタイトルが書いてあるから。そのタイトルとこれを見て、担当者を探して渡すといいよ。で、さっきみたいに「これは〇〇さんの書類ですか?」って渡すときに聞くといいよ。もし席にいなかったら、ぽいっておいとけばいいから。例え違っても、みんな怒らないから大丈夫。で、業務がわからなかったら、いつでも聞きに来てね^^」
と言って帰した。

 

 

でもしかし、いったいなぜ島の違う私に聞きに来るのか。
だってA島の人とは、朝から「可愛いね」なんて言ってもらって可愛がってもらってたのに、なぜに私?
と、不思議で不思議で、少しぼーっとしていると、A島の後輩に

A:「Feelさん、18歳に好かれてますね」と言われた。
A:「知合いですか?」
F:「いや初めてだから、びっくりしているよ。なんでだろうね?ちょっとまた聞いといて、なんで私のとこに来るのか」
A:「了解です」

 

 

そしてこの話をあとでぽにょさんにしているときに、ふと、思い出したことがある。

 

この日は、私の隣の席の女性の後輩Sが、朝礼ギリギリに駆け込んで出勤してきたのだった。
珍しいなと思い、彼女の顔を見ると、下にうつむいてマスクをしている。

実はこの日、Sにとって仕事で1年間の中で一番大切な協議の日で、

この日のために彼女は数か月23時くらいまで毎晩仕事をしてきていたのだ。

 

そんな大切な日に風邪を引いたとは。そう思って、朝礼が終わったときに、

F:「風邪?」と聞いてみた。

他の男性職員も気になっていたようで、「大丈夫?あと少しだから頑張れ!」と声をかけてくれた。すると、

S:「いえ、実は寝坊してw」

F.男:「はぁ?w」

と、思わぬ答えに大きな声が出た。

S:「8:04分に起きました、今朝はよく眠れたんですw」

どうやら、朝礼の20分前に家で起きたらしい。

男性:「マスクは?」

S:「化粧する時間がなかったもので・・・」
F:「そっかw でも最近眠れないって言ってたから、良く寝れてよかったねw」

と、近場の職員4人で大爆笑。


この数日前、Sが泣きそうな声で
S:「ホッチキス止めを手伝ってもらえませんか」と私に言ってきたときがあった。

びっくりして、広く空いた作業ができるデスクに移動し手伝ってみると、16部。
1人でやっても、1分もかからない仕事量。
でも、
F:「よくこれだけ数字が入った資料を用意したね。」


と資料の話をしていると、彼女の口から泣きそうな声で愚痴が少しずつ出てきた。

愚痴の内容はしんどいとか、課長が動かないし、無理を言ってくるとか。他の課と間に挟まれるとか。
Sがしている仕事は、多くの人が絡んでいるので、1つの資料を作るのでも本当に大変だと思う。しかも、内容が数字だから、余計に。
その話をしているときに、最近眠れないんだといっていたのを思い出した。

 


話はもどり、
S:「マスクはやばいですかね?」
F:「いいんじゃない?病人に見えるから、柔らかい協議をしてもらえるかもよ」

と話をしていると課長がやってきた。

課:「Sさん、風邪ひいたの?」

 

早速、マスク効果を発揮する。

 

S:「いや・・その・・・」
でも正直なSは、病人にはならない。し、寝坊したことも課長には言いたくなさそうだ。そして私を見てきた。

F:「えっと。調子はいいらしいんですけど、機嫌が悪いようです。課長さんがいじめるから?w」

と私が、冗談ぽく言ったら、何も知らない男性職員たちは笑っていたのだけれども、課長は思うところがあったようで。
急に真面目に、最近無理させてごめんねとか、資料ありがとねとか、謝罪と感謝の言葉を述べ始め、最後には今日の協議、よろしくお願いします。とまで言って去っていった。
Sの顔を見ると、マスクの上からでも機嫌がいいのがわかる。
S:「Fellさん、ありがとうございます!」

私も課長がしてくれた行動が嬉しかった。

F:「課長も気にしてくれてたんだね。よかったね^^」

 

そんな話をしながら協議に送り出し、協議から帰ってきたときには、

 

S:「終わりました!」と席に戻ってきていうSに、私は一人拍手をおくり、
F:「はい^^」
と、本当は可愛い付箋と、さりげなく机に置いておくキザな小技を使えばいいのだけれども、

センスのない私はなんの変哲もない付箋にお疲れ様メッセージを書いて、それを貼ったジュースを手渡した。

F:「プレゼントw」
S:「いいんですか?」と、ものすごくありがたそうにSはそのジュースを受け取ってくれて、そのジュースの話やビタミンの話をひとしきりして、
S:「美味しいです!」と笑顔でそのジュースを飲んでくれた。


私ならば、感謝を述べてさっと飲むけれども、

彼女のありがたそうな行動がすごくかわいかったし、私もうれしかったしで、二人で大きく盛り上がっていたんだと思う。

この一連の様子を、もしかしたら18歳が見ていて、私のことを良く思ってくれたのかもしれない、という話にぽにょさんとなった。

 


だけれども、18歳という若さでそこまで人のことを量れるものなのだろうか。
私が18歳の頃は、女の子のお尻を追いかけることしか考えていなかったなぁ。


それに、18歳は朝から「可愛いね」とA島の人達に可愛がられていたのだ。

A島に親近感があるはずなのではないだろうか。


このことについて、ぽにょさんは、
「それは、ネコを可愛いねということと同じでしょ?信用は別問題だよ」という。そこまで18歳が考えるものなのだろうか。

 

 

18歳。
私にとって、今のところ未知なる生き物である。


でもとりあえず、今のところ私は18歳に好かれたかもしれない。